うっちのつぶやき

「江戸時代の熱海のお医者さん」

 徳川以前の熱海は伊豆山神社を中心に栄えてきたようであるが、 家康の天下になると世の中が落ち着いてきて、湯の町熱海として頭 角を表し始める。
 1626年3代将軍家光は熱海に御殿を造ったが、一度も来られず取り つぶしになった、と記録にある。
 さて熱海にはいつから医者がいたのだろううか。
 昔熱海の本陣であった、今井半大夫の記録によれば、 貞享4年(1687)熱海市の人口は約900人、寺5寺、神社5社、 戸数は143軒、そのうち湯戸27軒、百姓76軒、水呑39軒、 医者1軒となっている。
 詳しいことは不明だがそのうち医学史に興味の有る先生が調べて くれると大変おもしろいと思う。

  
(内田耳鼻咽喉科・内田實)

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